DANCE SELECTION 2020 ダンスセレクション レビュー
柿崎麻莉子 『The stillness of the wind』
akakilike/倉田翠 『家族写真』
10 月 3 日 @愛知県芸術劇場 小ホール
ソロパフォーマンスとグループ作品、自作自演と他の身体への振り付け、ダンスに特化し
ていることと演劇性を取り入れていること。異なるロジックで成り立つ対照的な作品がコ
ンテンポラリーダンスの表現の幅を示す二本立て公演である。
柿崎麻莉子『The stillness of the wind』は独特のうねるようなムーブメントが印象的
な 15 分間のソロ。つま先立ちで床を探るように進む足の運びから、腰を落として長い手足
を広げたスケール感のあるフォルムへの途切れのない変容が特徴的だ。盛り上がっては沈
み、肩に肘に首にと潮の満ち引きのように現れては引いていく複雑なムーブメント。外から
形を与えられるのでも、内なる衝動に突き動かされるのでもなく、外部の空間や重力、光や
風の質感と、それらを受け止め触発される動きのモチーフが身体を挟んで静かに拮抗して
いる踊り。異なる複数の力と方向が柿崎の踊る身体を振り付けていく。刻々と移ろいゆく動
きは言葉にならない豊穣なざわめきに満ちている。
肌に密着したシースルーの衣裳は身体を裸体のように見せていて、黄昏時のような照明
を受けて神々しく、なまめかしい。その分節しえない身体の不定形の動きは、植物の繁茂や
人間ではない生き物の息づくさまであったとしても何ら不思議はないように思える。生命
の実体は身体の器に満ちることでしか可視化されないのだ。パフォーマンスは終盤に向け
て徐々に熱を帯びていく。聞こえてくるプリミティブなリズムと女声ヴォーカルのループ
につま先立ちの柿崎の足踏みが同期し、大地に近しい生命力となって舞台に漲っていくよ
うだった。
akakilike/倉田翠『家族写真』は、とある家族に男性一人を加えた7人による不条理感
の漂うアンサンブルだ。最も特徴的な点は全編を通して父親に台詞のあることで、関西弁の
抑揚が生活感と関係性の重みを暗に伝える。ここにバレエ、音楽、写真が混在し、約 60 分
のダンスシアターに仕立てられている。
作品のモチーフは「お父さんが死んだら」お金が下りる生命保険。「もし、もしやで」で
始まる父親の語りは、この「不思議な商品」をきっかけに各々の抱える欲望や矛盾をあらわ
にする。中央に置かれたテーブルを中心に、上下の空間を使った身体のインスタレーション、
個々のパフォーマーの配置や身振りが、ときに親密で、根拠の危うい関係性を浮き彫りにす
る。妹の踊るバレエは過ぎゆく時間のアイコンであり家族を寿ぐ切ないステップに見える。
兄がカメラのシャッターを切るのは時を区切り記憶を刻む行為だろうか。肥大化するひず
みと軌を一にするようにバレエ音楽のフィナーレが最大限の音量で響き渡り、舞台は暗転
する。
「もし、もしやで」の問いかけから暗転までの過程は、内容を少しずつ変えて3回繰り返
された。このループ構造は、矛盾を孕みつつ懲りずに歴史を繰り返す家族なる制度のあり方
そのものであり、社会に無数に存在するバリエーションの示唆でもあるだろう。
(鑑賞&レビュー講座 対象公演)