2026年7月24日金曜日

《消滅美術館》大阪中之島美術館でパフォーマンス

 2026年7月19日(日)

@大阪中之島美術館




大阪中之島美術館で開催された展覧会「驚異の部屋の私たち、消滅せよ。―森村泰昌・ヤノベケンジ・やなぎみわ―」の上演プログラム《消滅美術館》を会期すべり込みで見た。パフォーマンス専用に設けられたホワイトキューブ=展示室に空白のキャンバスや空っぽの台座が設置してあり、時間割ごとに異なるパフォーマーが登場、共通の台本を各々の解釈で演じる。2B、いいむろなおき、中間アヤカの3名によるそれぞれ約20分間のソロパフォーマンスを見ることができた。


内容は本展出品作家である森村泰昌、ヤノベケンジ、やなぎみわの実際の展示作品を受けたもの。森村作品に因んだ白い3枚のキャンバスは三島由紀夫の肖像を昭和、平成、令和の時代ごとに設定、市谷駐屯地での演説の再現/再演や、三島になりたい男が絵の中に入っていく空想のエピソードなどが各パフォーマーに固有の声と身体をもってそれぞれ演じられる。


展覧会に出品された森村の2026年の絵画群は歴史的な出来事の場面を、実際の大阪にある別の場所に置き換えて”再現”したもので、自衛隊市谷駐屯地は大阪城公園旧陸軍庁舎のバルコニーに、労働者に決起を呼びかけるレーニンの図は釜ヶ崎に、それぞれ場を移し撮影、製作、看板に仕立てて「大阪八景〈モノローグ〉」として展示されていた。無論、の景も中心には森村扮する人物やスタアがいる。


ヤノベケンジの台座では月面に建つ彫刻とナノ・レベルの彫刻、どちらも見えない彫刻が物理的に成立する理屈を語るくだりが、三島の演説と並んでパフォーマーの話術の光る場面だった。どぐんごのメンバーだった2Bは演劇人の面目躍如たる発話する声と自由な身体をこの場に捧げて上演を生き切っている感じが清々しかった。


会期中に別枠で『黄泉平坂 排斥と遊戯』の上演を行ったやなぎみわにまつわるステージは、「消滅美術館」と題され、それぞれの解釈で観客と渡り合う。いいむろなおきは共通認識のもとに存在する「場」の設定が泡と消えていくミステリーをマイムの技を駆使して語る、円熟の演技。


中間アヤカは徹頭徹尾素晴らしかった。これまで見てきたどんな中間アヤカをも凌駕する誰も知らない進化を遂げたパフォーマーの姿があったと思う。革命を率いるような勇ましくも諧謔の効いた佇まい、両性具有を思わせる出で立ち、たくさんの発話、アンドロイド振りのおそろしい精度、違う次元から届くかのような批評的な声。


台本を深く咀嚼し、森村、ヤノベ、やなぎがそれぞれ渡り合ってきた時代の相を捉え、表現としてのパフォーマンスの歴史を踏まえつつ、時代に応答する文脈を打ち立てる。蓄積があり、見据えている表現の射程が長く、ダンスとか演劇とかいった形式の腑分けが意味をなさない地平に立っている。日本のダンスの文脈で語ることに意味がないというか。


オールスタンディングの観客をかき分け、あるいは航海に見立てて先導し、去りぎわの台詞は共通の、「絶望するな、では、失敬」。皇室典範改正に揺れ、戦後という時代を我々の社会が何を価値として生きてきたかを否が応でも考えざるを得ずに過ごしたこの数週間のタイミングの、この政治状況とリンクするパフォーマンスであったようにどうしても思えて、ざわめきを押さえることができなかった。


2025年12月1日月曜日

国内ダンス留学11期生/スペースノットブランク『フィジカル・カタルシス:ダンス作品第7番』

 2025年11月28日(金)    @ArtTheater dB KOBE


先週末に見た国内ダンス留学11期生が出演の、スペースノットブランク『フィジカル・カタルシス:ダンス作品第7番』。種がはじけるように6人の動きが一斉に始動、バラバラに見えるが誰かと誰かが同期する瞬間があり、現実の身振りを切り取った動きをベースにした振付が四分音符を並べるような正調な単位で連なっていく。四分音符のようなとはつまり一小節を均等に分割した、揺れや溜めのないシンプルなリズム、極端に早かったり遅かったりしない人の基本運動に即したテンポを想定した言い方で、踊り手の個性への依存を極力抑えベースを保ちながら、全体は強い推進力で運ばれるのが本作上演だった。

いや、こんなことが言いたいのではなく、何より70分の上演時間に投入された夥しい数の身振り、振付の分量に圧倒された事実に言及せねばならない。出演したあるダンサーの本作における動きは総数240を数えるのだという。

独自の振付生成の手法「フィジカル・カタルシス」を適用してダンサーが自ら作った動きを、スぺースノットブランクの二人が取捨選択していくわけだが、その取捨選択の段階では通常の構成・演出よりも作品を構成し上演を運営するための高次の判断がはたらいているように見える。というよりむしろ現場における直観的な何か――「瞬時の判断の速さと精度が」「スぺノの場合特別」なのだとダンサーの一人が言う。

フィジカル・カタルシスとは何か?事前のインタビューでもアフタートークでも質問されタイトルにもなっている今公演の主題となる問いであり注目点だったが、現場を経験したダンサーやリハーサルを近くで見ていたdBのスタッフによるトークからその具体的な活用の一端をうかがい知ることが出来た。

相手の動きの一部を模倣し、それを自らの身体において発展させると説明されたその振付生成の基本は、いわば動きのしりとりと言ってみてもいいような、ダンサー同士の相互性、間身体的な創造であり、自他の「間」がある限り、振付を永久に生み出し続けていく方法論にほかならない。振付の動機が自身の内側に存在しない、ゆえに一個の身体において完結することはない。

先日やはりdBで再演された『原子』も然りだが、目の前の舞台で何が起こっているのか瞬時には掴み難くも何か圧倒的なこと、激しいメタ化の運動のようなことがスペノの舞台では起きていて、言葉にし難いが、どうやらそれを言い表す言葉が私の中にはなく、手持ちの言葉を雑巾のように絞って尽くすほかない状況に、先般の『ダンスの審査員のダンス』の後半の一節を思い起こす。

『原子』では演技者の大石英史の発した言葉をスペノが編集してテキストに。これをふたたび演じる大石が声と身体で運用する。そこにさらに演出が施される。この往還の中で現実の言語の何かが変容し別のロジックのもとに作動する。編集と運用。そして終わりがない。

現在のところここまで。また考える。

『ダンス作品第3番:志賀直哉「城の崎にて」』にせよ、『原子』にせよ、今回の『フィジカル・カタルシス:ダンス作品第7番』にせよ、この短期間に見たスペースノットブランクの舞台がどれも途轍もない密度と圧力を湛えた上演であったことに今更だが驚いている。

2024年9月20日金曜日

貞松・浜田バレエ団 創作リサイタル36

 

2024年915日(日)

貞松・浜田バレエ団 創作リサイタル36                   @神戸文化ホール


貞松・浜田バレエ団恒例の現代の振付家の作品に取り組む、毎年楽しみな創作リサイタル。今年は以下のトリプル・ビルだった。

 

1演目め、バランシン「ワルプルギスの夜」。聞き馴染みのある音楽と踊りの幸福な関係を味わう。赤紫色のトーンで衣装をそろえた女性ダンサーたちがシンメトリーな群舞の構図を作り秩序ある空間を形成、クラシック音楽との調和による真善美の天上世界が描き出される。バランシンの他の作品にも見られることだが、ここに一人の男性ダンサーが現れることで秩序と安定の構図に変化が起きる。たった一人の異性の登場が澄んだ水に一滴のインクが垂らされたような違和を生み、男女の(異なるジェンダー間の)パドドゥなど、踊りに変化と展開がもたらされる。5列目の平土間席で見たため心配だったが前方にお子様が多く視界は良好(失礼)、バレエのリアルな身体を至近距離で鑑賞した。昨日のデジタル神社の御利益か?

 

2演目め、カィエターノ・ソト『Malasangre』。「悪い血」を意味するタイトルの作品は、往年の女性歌手ラ・ルーペの陰も陽もある濃密な人生に因んでいる。ラテン・ミュージックがアタックで続々とかかる中、腰を落とした構えを基本にキレ、トメ、ハネをたっぷり効かせたエネルギッシュで都会的な振付が手数も多く繰り出される。ダンサーたちはバレエとは異なる動きのロジックを身体の芯で咀嚼し吐き出して旺盛に踊り、ノリの良さが伝わってくる。舞台のソデを上手から下手へ、下手から上手へと横方向に流れる移動の中でデュオ、トリオ、カルテット、あるいは全員が一列になっての動きなど、全体の構成はシンプル。手前と奥で水平の動線が重なるなどの工夫はあるが、そのほかの凝ったフォーメーションは用いない。結果、個々のダンサーのスキルとグルーブが前面に出る。ラテンの楽曲はすべてラ・ルーペ自身が歌っていると思われ、遠い昔に聞き覚えのあるポピュラーな楽曲も含まれている。独特の”はすっぱ”な歌声に波乱にとんだ人生の陰影が滲んでいる。床を覆う黒いちぎった紙片がステップのたびに舞い上がるほかは、舞台装置はなく、黒一色の背景とコントラストの強い照明のみ。衣装も男女とも黒。コテコテの世界観にダークな味わいが滲み、土の香りがする一方で、振付はマチュアで、もの凄く洗練された印象がある。成熟した大人の作品だ。

 

3演目め、アレクサンダー・エクマン『CACTI』。日本初演の本作、今年のパリ・パラリンピックのオープニングセレモニーの演出を担当して注目のエクマン作品とあって、東京からもたくさんの人が見に来ていた。16名のダンサーは彫刻か観葉植物のようなオブジェに見立てられており(タイトル「CACTI」はサボテンの意味)、各人が畳一枚分ほどの台座の上で静止している。冒頭では弦楽器の生音がノイジーな長音を引き伸ばしているが、弦楽四重奏で音楽を奏で始めた途端、オブジェだったダンサー達に一斉に動きが生まれ、ぞくぞくするようなスリリングなパフォーマンスが開始した。台座の上であれこれの動きやポーズを作るダンサーたち。弦楽四重奏の4人も演奏しながらパフォーマンスに加わる。やがて台座をバリケードのように立てたり、全員の台座を建造物のように組み上げたり、大胆な演出により舞台の景色が大きく変化していく。このほかにもダンスの発想を超えたシーンが次々と繰り出され、寸劇調のシーンが入るなど遊び心満載。また意外にも、といっては語弊があるが、音楽との関係にこだわりが見える。共演の弦楽生演奏のほかにも多彩な音楽が用いられ、ダンサーたちが交響曲を指揮する身振りをするなど、背景としての音楽というだけの位置づけではない、パフォーマンスとの直接的な関わり方が独特だ。造形性、演劇性、音楽性を想像力豊かに駆使するユニークな才能に出会った。実にプレイフルな舞台だった。

2024年8月30日金曜日

フランソワ・シェニョー & 麿赤児 『秘儀-GOLD SHOWER』

 

825日(日)

Kobe Rokko Meets Art × Artist in Residence KOBE 

フランソワ・シェニョー & 麿赤児 『秘儀-GOLD SHOWER

    2024年8月25日    @六甲の浮橋とテラス、新池(トレイルエリア)

 

構想・出演 フランソワ・シェニョー 麿赤児

音楽・出演 スティーヴ エトウ 井原季子

セノグラフィー 川俣正

≪六甲の浮橋とテラス――エクステンドブリッジ アンド テラス≫

キュレーター 森山未來 Artist in Residence Kobe(AiRK)

 

 

 

「神戸六甲ミーツ・アート2024 beyond」のオープニングパフォーマンスとして企画された公演。日本では2021年に世田谷パブリックシアターとびわ湖ホールで上演され大いに話題となった舞台作品『ゴールドシャワー』を、まったく異なる環境で再演しようというもので、タイトルも『秘儀―GOLD SHOWER』とあらためている。舞踏の創始者・土方巽に師事し、70年代から日本の舞台芸術を率いてきた大御所、麿赤児は黄色い髪を逆立てた異能の神として舞台に君臨する。対するダンス界の寵児フランソワ・シェニョーは輝くような肢体を晒し、性差を超えたクイアな身体像で観る者を魅了する。ゴールドシャワーとは放尿の隠語であり男性同士の性愛の交わりを意味する。オリジナルの舞台では水浴シーンなどもあり、二人は強烈な個性と存在感をまといながら、どこか滑稽味を帯びた乱交を繰り広げた。破天荒さでは前回の舞台が勝っているが、今回は神話的、幻想的な美しさ、二人の交誼の甘美さが一段と極まる舞台となった。

 

 

自然の池を舞台にしたサイトスペシフィックな上演に立ち会うことは特別な体験だ。現地にたどり着くには六甲ケーブルで急峻な山肌を登り、さらにバスを乗り継いでいかねばならない。猛暑に喘ぐ下界をよそに涼やかな大気のただよう六甲の山上に、木立に囲まれ、蓮の葉の浮かぶ池がある。このロケーションがすでに神秘的、特権的である。池には水上舞台が大小二つ。美術家の川俣正による制作物「六甲の浮橋とテラス」で、昨年作られた大(メイン)のテラスに加え、今年は小(サブ)が追って作られ、二つをつなぐ水面下の通路も設けられた、神話世界を思わせる幻想的なシチュエーションだ。岸からテラス(水上舞台)に渡る橋は花道となり、二人はここを通って登場する。メインのテラスには床を突き破って伸びる一本の樹木、背後には屏風。二人のミュージシャン、鳳笙奏者の井原季子と打楽器生活45年のスティーヴ エトウが演奏するのもこのメインのテラス上である。日没せまる時間帯、やがて夕闇が訪れて照明が入り、水面にテラスが逆さに映る光景は天上世界の再現と言っていい美しさだ。

 

 

舞踏とバレエ、東洋と西洋、異なる身体技法と文化的背景をもつ麿とシェニョーは、その身体像も対照的だ。天狗の面を着けて舞い踊る麿は男性原理を象徴し、美貌や華やかさ、しなやかさなど女神のそれとされる特性を帯びたシェニョーとコントラストをなす。二つの原理が引き合い、結び合う関係がエロスの体技によって惜しみなく展開されていく。麿は天狗の面を表裏逆さにして突き出た鼻を口にくわえており、男性同士の交わりを一種の転覆として暗示したとも読めるし、文字通り「面と向かう」ことで、自身の欲望と向き合う姿を示したとも言える。

 


力と能動を象徴する麿の身体像は、髪を逆立て、隈取りをした歌舞伎の異端、異形の身体にも通じる。対するシェニョーは神話世界の美と調和を体現したかのよう。伏した姿勢で上半身を起こし、夢の中の舟のようにしずしずと水中の橋を這いすすむ幻想的な光景には、思わず目を奪われた。水面から出たまあるい尻、大腿部のなだらかな傾斜。両性具有というより、性差を超越したあらたな身体イメージが観る者に眼の喜びとして提供される。


 

シェニョーはテクニックに裏打ちされたダンスにおいても高いクオリティを誇った。パーカッションの繰り出すリズムとともに身体各部位の筋肉を波立たせ、自由なスタイルの中に細やかな足遣いを見せる。全身をのけ反らせ、長い手足で天地を繋ぎ、フォルムからフォルム、形から形へとこだわりを見せながら、形に留まることなく音楽の流れにのっていく。オリンピアの勇者を誇るかと思えば、伏せた眼の瞬きひとつひとつに可憐な表情を宿し、どの瞬間も自身を解放して、技と身体と感覚のすべてを余すところなく舞台に捧げる。

 

 

花道に置かれたBOXはタブーを解禁する魔法の箱だろうか、ここに籠った二人は、化粧、接吻、衣装替え、シェニョーを紐で繋いで麿が操るなどのプレイを繰り出す。花道の上では愛の行為の極みとして交合の動作におよぶ。さらにシェニョーが麿の背におぶさり、舐めあい、水上の二つのテラスを舞台に、底知れぬ愛欲に身を投じる行為が続く。

 


二人の愛戯、性戯は倒錯というより、欲望にまっすぐ忠実で、罪よりも祝福であり、そのエロスと神々しさはほかならぬ愛欲の神々、神話の主人公たちにのみ成せるもの。権力や支配欲を排し、ただ対等に追求される快楽の遊戯であり、切実で、滑稽で、清々しくさえある。笙の音は夜の水面と呼応して玄妙な空気を醸し、大きなドラのようなパーカッションが極小の音から始まる長いシークエンスを奏でると、パフォーマンスは熱量を上げていく。

 

 

そんな中、シェニョーが歌う場面がある。フランスの古い世俗の歌謡だろうか。古来の物語や伝説を思わせるシェニョーの、西洋の美学と歴史の深い襞に裏打ちされた、懐かしさと気高さを湛えた無二の身体。間違いなく当代随一のキャラクターを備えたパフォーマーである。彼の、いや彼女の、いや、あらたな三人称指示語で示されるべきシェニョーの――身体像に対峙し得るのは世界広しといえど舞踏のカリスマ、麿赤児をおいて他にないということかもしれない。麿が応じて「ねんねこしゃんしゃりませ」と歌ったのにはやや興ざめではあったのだけれど。

 

 

愛欲を追い求める者たちの最大の願いは恍惚の中で死を迎えることである。麿の手により果てるシェニョー、その手で自らをも殺める麿。この結末によって、パフォーマンスは「物語」仕立ての作品として幕を閉じる。一夜の夢というにはあまりにゴージャスな夢からしばらく覚めぬまま、バスとケーブルを乗り継いで六甲の山を下りた。

 

2024年7月8日月曜日

『彫刻刀が刻む戦後日本――2つの民衆版画運動』展

 

72日(土)

「彫刻刀が刻む戦後日本 ― 2つの民衆版画運動」展 

―工場で、田んぼで、教室で、みんな、かつては版画家だった

                                                                                    @町田市立国際版画美術館

 


1章        中国木刻のインパクト 1947

2章        戦後版画運動 時代に即応する美術 1949

3章        教育版画運動と「生活版画」 1951

4章        ローカルへ グローバルへ 版画がつなぐネットワーク

5章        ライフワークと表現の追求

6章        教育版画運動の広がり 1950年代~90年代

 

 

社会運動と結びついた版画制作が運動として存在したことを知らなかった。各地に広がりアマチュアも参加したという。美術史で語られてこなかった「民衆のための美術」に光を当てる。あまりに興味深く、会期末に滑り込んだ。

 

農村、炭鉱、工場、都市、労働争議、血のメーデー事件、第五福竜丸事件などを題材とし、農民運動、労働運動、平和運動などの現場を活写。「民衆」という語に実体があった50年代、労働や生活が記号に媒介されず直接性を帯びていた時代の強いコントラストが画面に刻み付けられている。

 

小学校の図工の時間に木版を彫りバレンで刷った記憶があるが、あれも「教育版画運動」の一環だったのだろうか。彫刻刀で彫り込む丹念な作業は自分をみつめることにつながるように思う。市井の実践者たちも生活や社会を見つめ連帯をはぐくんだのだろう。組織としての運動が休止して以降の時代の項では、画面の緊張は緩み、絵画的になる。

 

版画を見ながらダンスのことを考えた。木版を彫り時間を刻む運動は、振りを重ねるダンスのストロークに通じている。彫刻Sculptureとダンスが似ていると思うことはあったが(ボリューム、素材/物質、空間性、フォルム)、振付と動きに注目すれば、例えば一昨日の鈴木ユキオ。先に「深々と」とつぶやいてしまったが、一振り一振りの連なりは深さというよりむしろ「面」を生んでいく。表面の彫琢である。そして版画が生むのはやはり平面と、構図と陰影、ではなかろうか。(カタログ完売につき個人の意見)

 

はるばる町田市立国際版画美術館まで出かけたわけだが、正史に書かれてこなかった民衆版画運動を紐解けば、その起こりは神戸に住む華僑の人々であると、なんと足元の中華街にルーツがあったことを知る。出品作の中には画面中の建物に「長田区役所」と描かれたものも、また阪神教育闘争との関わりを示すテキスト(キャプション表示だったか)もあった。神戸との縁は深いのだ。そして政治的であり社会運動であり闘争としての美術運動であること。この民衆版画運動の存在は、プロではない人々によって踊られる今日のダンスのもう一つの実践に大きな勇気を与えてくれるものとは言えないか。批評があまり対象としてこなかったところの、障害のある人や高齢者、子供、路上生活者など、社会の周縁に位置するとされる人々をその担い手とし、広く市民の参加をみる、今日も地域で実践されているコミュニティダンス。それこそが、もう一つの舞踊史をつくっているのだと。

 

2024年5月15日水曜日

アンサンブル・ゾネ『Fleeting Light ~つかの間の光~

 

<蔵出しレビュー>

気迫あふれるムーブメントに清新な空気  中村恩恵とのコラボレーションも興味深く


アンサンブル・ゾネ 『Fleeting Light ~つかの間の光~』

2010年227日   @神戸アートビレッジセンター


 

アンサンブル・ゾネの新作公演は全体に清新な空気が通されている印象がある。白いリノリウムを張った床、布で覆った壁、上方から射すライティングで硬質な空間が作り出され、岡本早未が腕を大きく使って空間を切り開くように現れる。上下とも白いシンプルな服でジェンダーの色を消し去り清々しい岡本は、最終場面でもソロをとり、今作の語り部であり先導者のような存在。続いてダンサーが現れ、それぞれの気迫あふれるムーブメントが白い空間を開拓していく。照明の効果で白い床に踊るダンサーの影が落ちる。光と動きと身体の重なりが甘さのない峻烈な空間を創出して秀逸である。

今公演は孤高とも思われたアンサンブル・ゾネの世界が、時代を生きる表現にほかならないことを示す内容だった。様々な形で重ねてきた音楽との即興セッションは、身体を常に動的に保ち、作品にも鋭敏で活き活きとした感覚を与えている。今回の共演者はウィーン在住の音楽家、内橋和久。加工した音源をライブで合わせ、直接対決ではなく環境に働きかけるタイプである。内橋の弾くギターと伊藤愛のソロによるシーンは、即興的な精彩に富み、それぞれの生身の音と身体によってこの場が生きられたと感じられた。

音楽との適度な距離感を得て、岡登志子の高い構築性をもった振付の魅力も存分に発揮されている。垣尾優がピタリと静止の利いた結晶のようなフォルムを決めていく。一方数回に渡る公演で岡本、山岡美穂、井筒麻也、糸瀬公二ら若手のメンバーが固定してきており、それぞれがカンパニーの語法を自身のものとして獲得し、集団に共通の基盤となっているように見受けられた。おそらくこのために、ストイックにも見える構成や純度の高いフォルムについても、ひたすら厳密に抽出したというより、むしろ個々の内発的な動きをカンパニーの作業を通してコミュニカティヴなものに練り上げ、共有可能な形に結実させているのだと納得されてくる。定番の群舞ユニゾンはこうした過程が文字どおり実践される場面と見てよいだろう。

さて、カンパニーの言語基盤が確かになったことで、ゲストダンサーに中村恩恵を迎えた意義はより明確になったと言えるかも知れない。周知の通り中村はネザーランド・ダンス・シアターに在籍した後、現在は日本を拠点に世界各地でキリアン作品のコーチにあたっている。キリアンの舞踊芸術について中村は、クラシック、グラハム、カニングハムといったダンスの主要なメソッドを習得した身体を前提としながら、作品においては暗部をもふくめた人間性の全体を捉えようとするものだと述べる。岡登志子はピナ・バウシュを輩出したフォルクヴァング芸術大学舞踊学科の出身、ドイツ表現主義の流れを汲んだ創作法を学んでいる。ドイツの系譜にある舞踊家との仕事は初めてという中村は、内発性を重視した岡の動きの起こし方を新鮮に受け止めたという。今回は全くダンサーとしての参加だが、上体の高い位置に意識の中心を設け、腕へ、下肢へと身体を合理的に配置していく構えは、舞台の上で他のダンサーとの相違を際立たせている。その内在した論理が、身体の奥底から掘り出してくるような岡の振付に、明晰でしなやかな解釈をもって応えていく。両者のデュオは腕のさりげないモチーフをユニゾンで踊るもので、独立した二つのモノローグとなっていた。ゾネの動きによる実存の探求と、中村の身体の論理性、それぞれのアプローチが人間性を巡って出会い、試行を重ねていくと、非常に興味深いコラボレーションが実現するのではと思われる。


(初出:音楽舞踊新聞)

2024年4月14日日曜日

立てないことを巡って

<蔵出しレビュー> 

金魚(鈴木ユキオ) 『言葉の先 The Point of Words』

2009年2月18日                    @アトリエ劇研



年明けから3月までのコンテンポラリーダンス公演のシーズンに、鈴木ユキオは4種類の公演のために関西に来て踊った。自身のカンパニー「金魚(鈴木ユキオ)」の自主公演の京都ツアー(2月18,19日)のほか、白井剛演出「blue Lion」へダンサーとして参加(2月13~15日)、「踊りに行くぜ!!」スペシャル公演においてバイオリン奏者とのデュオ作品「Love vibration」を上演2月21,22日)、日米振付家交換レジデンシープロジェクト参加(3月22日)と立て続けの登場である。首都圏を基盤にするアーティストにとってのアウェーで、ワークインプログレスやラフ・スケッチ的なアトリエ公演ではないそれぞれの完成形を披露したことになり、見る側には作品ごとの成功・不成功を云々する以上に、気鋭の踊り手の現在ある位置を広い角度から見極めることのできる絶好の機会だったと言える。トヨタコレオグラフィーアワードの最新の受賞者として鈴木ユキオへの期待は大きいはずだ。伸ばした髪、無駄をそぎ落とした肉体は禁欲的な求道者を思わせ「土方の再来」などと言わしめたりする一方、クールでストイックな風貌は新たなスターを求めて止まないマーケットの欲望にも合致しよう。そのような業界的事情はさておいても、現在のところ極めて刺激的で画期的なダンスであることに異論はない。舞踏に出自をもちコンテンポラリーダンスにエントリーされる彼の踊りは、同じく舞踏出身の伊藤キムが舞踏とコンテンポラリーの「融合」において貢献したのとは異なり、二つの領域の境界を限りなく接近させながらなお峻別するギリギリの縁を進むものだ。舞踏の理念から出発し、本質へと腑分けしていく鈴木の踊り手としての道筋は、見る者に対してもダンスの理論と実際の舞台とをつなぐ刺激的な思考を促すものである。


理念からの出発とは、室伏鴻と若手3人で組んだユニットKo&Edge Co.、とりわけ2006年大阪で上演された「DEAD 1+」を念頭に置いて述べている。銀色に塗り込められ、地面にまっ逆さまに突き立てられた3つの身体が衝撃を与えた舞台である。ユニットのひとりであった鈴木ユキオは他の2名とともに、神々しさと如何わしさのあい混じった身体となり、封じ込められたファロスのイメージと幾度となく繰り返される「倒れ」によって、運動の不可能性を律儀なまでに具現化した。これは立てないことを巡る考察でもあった。


およそ舞踊とは立つことを巡る技術と思考のうえに成り立っている。「舞踏とは命がけで突っ立った死体である」との土方巽の言葉はあまりに多くを内包し、我々を惑わせ、惹きつける。立ちつつ崩れる、と言ったのは室伏鴻である(*1)。立つ、ということのなかに、立てない、は含まれ、今あるこの姿勢の内にも、立つ、は含まれている。身体を走る幾つものベクトル、せめぎあい、おそるべき可能性がひとつの身体に内包されている。硬直した倒れ、崩壊、四つん這いのケモノ、いずれもイメージの模りなのではなく、そうであり得るかもしれない身体の、異なる様態、無数の相の、いま、そこでの現前と見るべきなのではないのか。


「言葉の先」より一作品前にあたる「沈黙とはかりあえるほどに」を携えて京都に来たのは2007年9月である(京都芸術センター)。「DEAD 1+」のスタティックな佇まいから一転し、ひりひりと剥き出しの危機に晒された舞台の驚きは今も鮮明だ。足元が床に着地するそばから次々とおびやかされ、自らを追い立てる緊迫の舞台である。直立し安定しているその状態はまやかしだとでもいうように、自身の身体の外へと激しく引きちぎられ、放り出され、立つことの自明性がことごとく覆されていったのだった。


いっぽう「言葉の先」に顕著であるのは、動きの中途に差し挟まれる中断である。「沈黙とはかりあえるほどに」のすべてを投げ出すような苛烈さは沈静している代わりに、動きを堰き止め、つんのめるようなカウンターを喰らわせる。立つことの自明性への問い質しは、より微分され突き詰められた巧妙な方法で遂行される。振り上げようとした肘が鋭角に曲げられたまま中途でバウンドして行き場を失う。その先に予測された軌跡は去勢される。中断とは、疑うことだ。身体の道理、自然な気の流れ、当然の物理の法則に導かれるムーブメントの自明さに疑義を差し挟むのである。さしてみれば、鈴木ユキオの引き継いでいるものが理論に還元できない自然の摂理に即した身体、ましてや民族性や土俗や前近代に根ざした所与の歴史としての身体といった舞踏の思想的な価値ではなく、ひたすらアンチテーゼとしての、異議申し立てとしての、つまりはモダニズムの地平に現れる批評の運動としての舞踏であると理解されないだろうか。コンテンポラリーダンスとの接点を見出すとすれば、そのスタイリッシュな舞台の相貌に拠るというよりも、彼の中にあるモダニズムの理論に即したラディカルとも言える方向性が、既存のダンスの否定や越境を所以とするコンテンポラリーダンスの批評性(いまだ有効であるかはともかく)に符合する点だろう。


それにしても舞踏とは何だろうか。西欧近代の合理主義に対する暴力、エロス、異端と暗黒の美学、肉体の起爆力、そして祝祭性、あるいは身体を自然と捉え、場との交感や共振をはかるエコロジー的思想など、さまざまな価値を孕んで鬱蒼とした森のごとくダンスに隣接している。強烈なアフォリズムが掻き立てる特異なイメージは、かえって本質から我々を遠ざける。現在もっとも有効な視点を与えてくれるのは、舞踏の思想的な側面ではなく、身体と技術に関する理論からのアプローチであるように思われる。即ち、西欧近代の合理主義の体系というべきバレエが身体各部位の「統合」をはかる技術であるのに対し、舞踏の技術の核心は統合の解除であるとする見解である(*2)。重力に屈して崩れ、倒れる身体、あらゆる部位がそれぞればらばらに動いている舞踏に特有の身体の有り様とは、重力に抗して身体を立ち上げるバレエの技術の体系を対照項に置いた身体理論の批判的な実践とみることができる。これは「立つ」のなかに「立てない」が含まれるとして身体の倒れを提示する室伏鴻から、ブロンズ色のまっ逆さまの身体を経て、立つことの自明性をことごとく疑問に付さずにおかない鈴木ユキオまで、一貫して流れている批評性を理論的に裏付けるものだ。舞踏のアフォリズムと身体の理論をつなぎ、室伏を経由して鈴木ユキオの踊りに流れ込む線がここに見えて来るのではないだろうか。そして例えば伊藤キムが劇場で舞台と客席の構造をひっくり返したり、「階段主義」など劇場以外の場所で踊ったり、「裏キム」として夜のバーで妖しげなパフォーマンスをするなど、非日常の転覆力を自身の舞踏的価値としたことを想起すると、鈴木ユキオはあくまで身体と動きの構造の理論的な枠組みの内部にとどまり、ダンスが成立する/しないの際(きわ)=エッジをラディカルに追究する舞踏家であることが理解されてくるだろう。言葉の先とは、ダンスの表現形式を越えていく運動の中心のことでもあるだろう。


作品について言えば、ロック中心の選曲はケレン味たっぷりに聴かせるし、途中には蛇腹のホースとの絡みもあり、変化に富んだ身体の様相を引き出す演出は適切だ。とりわけ床をスクエアに照らし出した空間でのシーンが素晴らしく、光を受ける身体の感覚に伴い内省を深めてゆく鈴木の踊りは印象深い。共演者は3人。激しくストイックなトーンを彼らも同様にまとっている。しかしやはり本作品までについては、鈴木ユキオのダンスに議論の的は絞られると思う。


短期間に繰り返し彼の踊りを見てきて、独自の方法である「中断」が語彙として定着し、頻繁に使用され、馴染んでいる様子もまた同時に見とめられた。馴染んだ動きは踊る身体を自在にするが、その都度の批評の矢はやがて磨耗する。その少し手前に、現在の鈴木ユキオはいるようだ。「身体については、やり尽くしたと思っている。次に取り組むべきは空間だと思う。」今シーズン京都での最後のショーイングで、「言葉の先」の一部を踊った後に、鈴木は自らこう述べている(*3)。いずれクリシェと化していく前に、鈴木ユキオは次へ行こうとしている。 

(2月18,19日 アトリエ劇研)



*1 2007年3月9日「ジュネへ応答する8日間」ワークショップセッションにて

*2 稲田奈緒美「土方巽 絶後の身体」

*3 2009年3月22日、日米振付家交換レジデンシー・プロジェクトにおけるシンポジウムにて