2024年7月8日月曜日

『彫刻刀が刻む戦後日本――2つの民衆版画運動』展

 

72日(土)

「彫刻刀が刻む戦後日本 ― 2つの民衆版画運動」展 

―工場で、田んぼで、教室で、みんな、かつては版画家だった

                                                                                    @町田市立国際版画美術館

 


1章        中国木刻のインパクト 1947

2章        戦後版画運動 時代に即応する美術 1949

3章        教育版画運動と「生活版画」 1951

4章        ローカルへ グローバルへ 版画がつなぐネットワーク

5章        ライフワークと表現の追求

6章        教育版画運動の広がり 1950年代~90年代

 

 

社会運動と結びついた版画制作が運動として存在したことを知らなかった。各地に広がりアマチュアも参加したという。美術史で語られてこなかった「民衆のための美術」に光を当てる。あまりに興味深く、会期末に滑り込んだ。

 

農村、炭鉱、工場、都市、労働争議、血のメーデー事件、第五福竜丸事件などを題材とし、農民運動、労働運動、平和運動などの現場を活写。「民衆」という語に実体があった50年代、労働や生活が記号に媒介されず直接性を帯びていた時代の強いコントラストが画面に刻み付けられている。

 

小学校の図工の時間に木版を彫りバレンで刷った記憶があるが、あれも「教育版画運動」の一環だったのだろうか。彫刻刀で彫り込む丹念な作業は自分をみつめることにつながるように思う。市井の実践者たちも生活や社会を見つめ連帯をはぐくんだのだろう。組織としての運動が休止して以降の時代の項では、画面の緊張は緩み、絵画的になる。

 

版画を見ながらダンスのことを考えた。木版を彫り時間を刻む運動は、振りを重ねるダンスのストロークに通じている。彫刻Sculptureとダンスが似ていると思うことはあったが(ボリューム、素材/物質、空間性、フォルム)、振付と動きに注目すれば、例えば一昨日の鈴木ユキオ。先に「深々と」とつぶやいてしまったが、一振り一振りの連なりは深さというよりむしろ「面」を生んでいく。表面の彫琢である。そして版画が生むのはやはり平面と、構図と陰影、ではなかろうか。(カタログ完売につき個人の意見)

 

はるばる町田市立国際版画美術館まで出かけたわけだが、正史に書かれてこなかった民衆版画運動を紐解けば、その起こりは神戸に住む華僑の人々であると、なんと足元の中華街にルーツがあったことを知る。出品作の中には画面中の建物に「長田区役所」と描かれたものも、また阪神教育闘争との関わりを示すテキスト(キャプション表示だったか)もあった。神戸との縁は深いのだ。そして政治的であり社会運動であり闘争としての美術運動であること。この民衆版画運動の存在は、プロではない人々によって踊られる今日のダンスのもう一つの実践に大きな勇気を与えてくれるものとは言えないか。批評があまり対象としてこなかったところの、障害のある人や高齢者、子供、路上生活者など、社会の周縁に位置するとされる人々をその担い手とし、広く市民の参加をみる、今日も地域で実践されているコミュニティダンス。それこそが、もう一つの舞踊史をつくっているのだと。