2026年7月19日(日)
@大阪中之島美術館
大阪中之島美術館で開催された展覧会「驚異の部屋の私たち、消滅せよ。―森村泰昌・ヤノベケンジ・やなぎみわ―」の上演プログラム《消滅美術館》を会期すべり込みで見た。パフォーマンス専用に設けられたホワイトキューブ=展示室に空白のキャンバスや空っぽの台座が設置してあり、時間割ごとに異なるパフォーマーが登場、共通の台本を各々の解釈で演じる。2B、いいむろなおき、中間アヤカの3名によるそれぞれ約20分間のソロパフォーマンスを見ることができた。
内容は本展出品作家である森村泰昌、ヤノベケンジ、やなぎみわの実際の展示作品を受けたもの。森村作品に因んだ白い3枚のキャンバスは三島由紀夫の肖像を昭和、平成、令和の時代ごとに設定、市谷駐屯地での演説の再現/再演や、三島になりたい男が絵の中に入っていく空想のエピソードなどが各パフォーマーに固有の声と身体をもってそれぞれ演じられる。
展覧会に出品された森村の2026年の絵画群は歴史的な出来事の場面を、実際の大阪にある別の場所に置き換えて”再現”したもので、自衛隊市谷駐屯地は大阪城公園旧陸軍庁舎のバルコニーに、労働者に決起を呼びかけるレーニンの図は釜ヶ崎に、それぞれ場を移し撮影、製作、看板に仕立てて「大阪八景〈モノローグ〉」として展示されていた。無論、の景も中心には森村扮する人物やスタアがいる。
ヤノベケンジの台座では月面に建つ彫刻とナノ・レベルの彫刻、どちらも見えない彫刻が物理的に成立する理屈を語るくだりが、三島の演説と並んでパフォーマーの話術の光る場面だった。どぐんごのメンバーだった2Bは演劇人の面目躍如たる発話する声と自由な身体をこの場に捧げて上演を生き切っている感じが清々しかった。
会期中に別枠で『黄泉平坂 排斥と遊戯』の上演を行ったやなぎみわにまつわるステージは、「消滅美術館」と題され、それぞれの解釈で観客と渡り合う。いいむろなおきは共通認識のもとに存在する「場」の設定が泡と消えていくミステリーをマイムの技を駆使して語る、円熟の演技。
中間アヤカは徹頭徹尾素晴らしかった。これまで見てきたどんな中間アヤカをも凌駕する誰も知らない進化を遂げたパフォーマーの姿があったと思う。革命を率いるような勇ましくも諧謔の効いた佇まい、両性具有を思わせる出で立ち、たくさんの発話、アンドロイド振りのおそろしい精度、違う次元から届くかのような批評的な声。
台本を深く咀嚼し、森村、ヤノベ、やなぎがそれぞれ渡り合ってきた時代の相を捉え、表現としてのパフォーマンスの歴史を踏まえつつ、時代に応答する文脈を打ち立てる。蓄積があり、見据えている表現の射程が長く、ダンスとか演劇とかいった形式の腑分けが意味をなさない地平に立っている。日本のダンスの文脈で語ることに意味がないというか。
オールスタンディングの観客をかき分け、あるいは航海に見立てて先導し、去りぎわの台詞は共通の、「絶望するな、では、失敬」。皇室典範改正に揺れ、戦後という時代を我々の社会が何を価値として生きてきたかを否が応でも考えざるを得ずに過ごしたこの数週間のタイミングの、この政治状況とリンクするパフォーマンスであったようにどうしても思えて、ざわめきを押さえることができなかった。